ビジネスの世界でも教育や医療福祉の現場でも、そして、飲み会で上手にコミュニケーションをとりたい人向けにも、相手に良質の質問をすることが効果的ということで、「質問力」なんて言葉が注目されていますね…。
良い質問をするための技法として、広く知られているものに、
「クローズドクエスチョン」 と 「オープンクエスチョン」 をうまく使い分ける
というものがあります。
「クローズドクエスチョン」は、閉じた質問型…、つまり、「はい」や「いいえ」で答えられるような質問です。 (「この映画は見ましたか?」、「昨日は良く眠れましたか?」…etc.)、
「オープンクエスチョン」は、開いた質問型…、様々で幅広い答えがあリ得るような質問です。(「どんな映画が好きですか?」、「睡眠の具合はいかがですか?」…etc.)
クローズドクエスチョンは、質問者が知りたいことについて、短時間で効率良く情報を得ることができることと、答える相手に心理的負担をかけることが少ないことがメリットと考えられています。なので、事実をはっきりさせたいときや会話を切り出したいときに適しています。
けれど、一方的にクローズドクエスチョンを繰り返すと相手に「詰問」や「尋問」をされている印象を与えたり、無理に二者択一で答えを求めるのは、相手にこちらの枠組みを押し付けることにもなるので、注意が必要だと言われています。
一方、オープンクエスチョンは、相手に答えを考えさせ、表現してもらうので、質問者が思いもよらなかった情報を得ることができたり、相手にとっても答える瞬間まで自分自身で気づいていなかったことを意識化させたりすることができます。ですから、部下や子どもの「考える力」を育てるためには、積極的にオープンクエスチョンをするように!と書かれてあるものが多いですね…。
しかし、質問の焦点がなかなか定まらずに長引いてしまうことや、答えの幅が相手に委ねられているので、その人自身の思考や表現力、その時の気分、質問者との親密度・信頼関係によっては、「特に、ありません」とか「…よくわかりません」とか、「別に…」なんて答えしか戻ってこないこともあります…。
ですから、この2つの質問の型のメリット・デメリットを把握して、臨機応変に使い分けることが大事と考えられています。
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さて、前置きが長くなってしまいましたが…、
ここで、 ムーブメントリーダーに必要な「質問力」について考えてみましょう…。
ムーブメント教育・療法の活動では、リーダーの「命令」や「指示」で「~させる」ことをできる限り少なくして、音や遊具など様々な環境をアレンジして、子どもが主体的に「~したい」と思う場面を大事にしています。
ムーブメント法のよる遊び活動の場面においての「質問」というのは、「主体的な動きを引き出す問いかけ」と考えることができると思います。 そして、そのために、子どもの発達や個性に合わせて、クローズドクエスチョンの誘いかけをする環境とオープンクエスチョンの問いかけをする環境を臨機応変に提供することがムーブメントリーダーの役割となるでしょう。
「この遊びやりたいですか?」「こんな動きできますか?」と具体的な活動を提示して問いかけることが、ムーブメントの中のクローズドクエスチョンにあたると思います。そして、リーダーがこの質問をたくさんできるということは、それだけ、遊びの活動案を豊富に持っているということになります。
発達段階に合わせた遊び活動案についての理解がしっかりできていれば、その月齢の子どもが最も夢中になり挑戦したいと感じるはずの遊びを提示できるので、ダイレクトに答えがでるクローズドクエスチョンの方法で活動を展開していくのは、効果的です。発達に遅れや偏りのある子どもを見つけることにもつながります。
例えば、歩き始めたばかりの1歳児の子ども達にとっては、形板を一列に並べてあげるだけで、「まっすぐに歩いてみたいですか?」または「まっすぐに歩けますか?」 という問いかけが成立しています。
「はい」の答えの表現として、子ども達は楽しそうに一本橋を渡っていきます。
(もちろん、「いいえ」のときもあるでしょう。そのときは、リーダーは、活動案を見直して環境設定を工夫しなおしたり、子どもの発達について注意深く観察したりする必要があります。)
形板遊具を活かした移動の活動を事例に考えてみると、問いかけは、子どもの発達に応じて、まばらに置いた形板を島渡りのように踏んで行けるかな? → 逆に踏まないで歩いていけるかな?→ お友達と手をつないだまま歩いていけるかな?→ 音楽が聞こえている間は、形板を踏まないで進むけど、音が止まったら形板の上に乗って止まることができるかな?等々…と発達段階に合わせて発展していきます。
本来、「はい」「いいえ」の二者択一の答えを求めているクローズドクエスチョンの問いかけにおいても、子ども達の「やりたいです!」「できるよ!」の答えとして現れる動きが一通りでは無い場面が多いのも、ムーブメント活動の面白いところです。例えば、上記のような活動でも、どの形板を選んでもいいので答えは一つではありません。
研修セミナーの実技でも、形板の島渡りの活動の最後には、私は、よく、「スタートからゴールまで、何枚の形板を踏んで渡っていきますか?」と質問をします。 大人の先生方でも真顔で考えて、「できるかしら」とドキドキしながら、自分で答えた枚数になるように工夫して取り組んでくださいます。
充実したムーブメントプログラムには、発達に比例して、クリエイティブな要素が増えていき、リーダーは、「別の方法でやってごらん」という言葉がけをすることを推奨されています。つまり、「~ができますか?」というクローズドクエスチョンを使った活動にも「答えが一つではない」ものが多くなっていきます。
少しずつ「どうなふうに…」や「どうやって…」の問いが加わっていき、オープンクエスチョンの要素が混ざって多くなっていると考えることができるでしょう。環境の問いかけに対して、子ども達がその答えとして遊びを展開していく中に、自然と、「自己決定」、「自己表現」、「問題解決」の力が必要になっていくのです。
一方で、自分の想いやイメージを身体で自由に表現するといったダンスムーブメントの活動がムーブメントの中でも最も高次の創造的な課題として設定されていますが、これは、まさに、「あなたはどんなふうに動けますか?」「何を表現したいですか?」というオープンクエスチョンの問いかけによる活動の極みと考えることができるでしょう。
しかし、この自由な問いに子ども達が豊かに答えるためには、「この動きできるかな?」と様々な動きの提示によって具体的な模倣を促すような経験を沢山得て、媒体となる自分の身体をよく知り、自由に動かす力が必要になります。
「こんな動きできますか?」といったクローズドクエスチョンと「自由に動いてごらん」というオープンクエスチョンの両方を織り交ぜて、子どもの主体的な動きを引き出せるかどうか、誘引力のある遊びの場づくりができるかどうかが、ムーブメントリーダーの力量と言えるでしょう。
このように考えてみると、ムーブメントリーダーに必要な「質問力」とは…、
単なる「言葉がけ」や「会話」だけの技量ではなく、
子ども一人一人の発達段階や個性に適した形で、遊具や音楽や人同士の関係をアレンジして魅力的な遊び環境を創り出し、子どもの「からだ・あたま・こころ」全体に問いかけ、主体的な動きや表現を答えとして引き出す力
…と考えることができるでしょう。
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「はい、では、さつきせんせ~い、この風景を活かして次はどんな楽しいことができますかぁ~?」
…えぇっ
…研修セミナーや教室で、突然、リーダーを無茶ぶりバトンタッチされるときの小林芳文先生からの「超オープンなクエスチョン」に、私は、今もなお育てていただいています…。